娘が生まれてから1年と5ヶ月が過ぎました。
妊娠から現在まで本当にあっという間だったように思います。
当時書きかけで公開できずにいた記録がようやっとかけました┐(´д`)
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2012年4月
37週を過ぎ正期産に入ったのに陣痛の気配なし、39週目に計画分娩の運びとなりました。

もうお腹も大きくぱっつぱつになって苦しい私は計画分娩に快諾(前もって陣痛促進剤のリスクについては調べていた)
出産にあたり、身長が150cmも無いため夫との身長差を聞かれました。20cm以上の差があるとハイリスクとか。

・まずは内診
子宮口はまだ固く数日前の検診で指で広げられた分しか開いてませんでした。たしか2指とか。
ちなみに子宮口を指で広げる処置はたいへん不快でした。しかたない。

・バルーン挿入
子宮口を広げる装置をいれます、最初は小さいのを。タンポンを入れているかのような違和感。

・レントゲン
身長の件があるので骨盤の大きさを測るためレントゲン撮影。
妊婦の場合なのか骨盤を撮る場合なのか、不思議な体勢で撮る↓
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・入院手続き
にゅういんははじめて。

・病棟へ
産科へ向かう。すでに生理痛のような痛みがあり、装置が挿入されているせいでガニ股歩き。
昼過ぎ病院に来たのにもう夕方。

・晩御飯
人生初めての病院食。大病や怪我で入院しているわけではないので正直ワクワクしている私。
晩御飯が運ばれてくると「oh! this is "SOSHOKU"!」と有頂天。
病院なんだから粗食で当たり前と思って何も考えず食べていた私。実は献立欄に「分娩食」と書かれていたような気がします。なぜ分娩食なのか、なぜ粗食なのか、のち思い知ることになるのです。

・四人部屋
個室にせず大部屋にしました。すでにお部屋にはお母様がたと新生児たちがいました。
ひとり妊婦なので変な気分。出産前の不安を聞いてもらったり楽しく過ごす…

・バルーン挿入再び
夕食後もうすこし大きめのバルーン挿入。この頃出血が見られました、強制おしるし的な。
痛みが少し強くなる。

・消灯
21時半。早い!
今までの生活習慣で眠れず。

・前駆陣痛か陣痛か
日付が変わる頃、明らかに痛みが強くなって来ました。お腹というより腰が痛い。
ストップウォッチで測ると7分痛くなくて1分半痛いを繰り返している。でもまだ不規則な時もある。
陣痛促進剤の投与は翌朝の予定だったので、とりあえず寝て休みたかった私はナースコールを押さず。呼ばなくても夜中何度も助産師さんが様子を見に来てくれてました。

・深夜2時
あ、ホントに痛いかも!
新生児たちも一緒に過ごす方針の病院なので、夜中絶えず赤ちゃんの泣き声がありました。すごく賑やか。
でももう少し大きくなった子供がヒステリックに泣き叫んでいるのとはちょっと違い新生児の泣き声は可愛い感じで不思議でした。
しかしおっぱいあげてもおむつ換えても声を枯らして泣いている赤ちゃんがいて、世の中にはノイローゼになってしまうお母さんもいるのに納得してしまったり。
そんななか赤ちゃんたちの泣き声のせいではなく、腰の痛みのせいで寝れない私(あと緊張してたのかも)
様子を見に来た助産師さんに陣痛間隔を伝えるとLDRへの移動を勧められました。
LDRとは

・LDR
病院にはLDRが多分4部屋ありましたがその日の夜は私一人だけ。
鈍痛で眠ることも出来ないまま夜明けを見ました。

・早朝
内診をするともう子宮口が5~6cmに広がってバルーンもすでに抜け落ちていたとか。
5~6cmなら順調じゃん。陣痛ちゃんときてるしもう促進剤は要らないんじゃ?と明るく医師に尋ねるもそうはならないらしい(チッ)

・陣痛促進剤
点滴で投与される。初点滴。

・朝食
明らかに痛みでげっそりしてきた私。体力のため食べなきゃと思うのに気持ち悪くてどうしても食べられない。紙パックの牛乳のみいただく。

・夫呼び出し
8時半ごろ夫に連絡。
あとで聞いたら夜あまり寝れなかったとか。お前さんがソワソワしてたんか!
かわいいです。

・失態その1
なんと嘔吐してしまう。吐いたことなど小学生以来なので精神的ショックを受ける。
昨日の晩御飯と朝の牛乳が台無しに。
助産師さんの話ではお産の時は気持ち悪くなって吐くこともよくあると。
あーだからご飯少なめだったのかなぁなんてぼんやり思う。

・夫来る
その時の私の様子は「もう限りなくライフは0に近かった」そうです。
騒がず動きもせず。ただのしかばねのようだ。
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・腰さすりと会陰押さえ
陣痛緩和にやることなんですが、立ち会いの人間もやります。
しかしやる気はわかるし有難いんだけど力足りないしポイントハズレであまりやってる意味が無い。
助産師さんがやると嘘みたいに痛みが引く。なにが違うんだろうなぁ。

・10時内診
子宮口は9cmぐらいになってるとか!
もうすぐじゃん!やったー!とにわかに元気を取り戻す私。しかし現実は厳しい。
助産師「このぶんだと日が落ちる前までには生まれそうですね」
私「…?(そんなにかかるの?昼ごろまでに産みたいよ)」

・赤さん降りてこない
子宮口は充分に開いているというのに肝心の胎児が降りて来ません。
様子を見るためいきまず陣痛に耐える。

・11時ごろ点滴増量
陣痛監視装置、モニターで見られている私。
なかなか胎児が降りてこないのと、促進剤の効きが薄くなってきたのがバレバレで(陣痛が軽くなってきた)点滴の速度を早めに来た。やや絶望的な眼差しで見守る。

・12時痛みのピーク
促進剤の効果というのは即効性で絶大で。
誰かに大きなハンマーで腰を思いっ切り殴られているような、痛みの塊が腰付近で膨張したり萎縮したりを繰り返しているような痛み。
腰が壊れるかと思いました。

・13時ちょっとまえ
ようやくいきむのを許可される。
陣痛とはまたちょっと違って胎児が出口付近まで来ると恥骨が痛い。
あと感覚的にはすんごい便秘って感じ。

・失態その2・その3
ダイレクトな言葉で書けないような下の失態をやらかしました。
陣痛が辛かろうがなんだろうが、トイレはまめに行くべきですね…
あるいはさっさと尿カテーテルをつっこみ浣腸をするべき。
もういきむ頃にはトイレなんて行けないですからね…

・13時過ぎ誕生
数度いきんでようやっと生まれました。会陰切開はなし、一箇所切れたので縫合。
カンガルーケアーで我が子と対面。


・感想
陣痛に耐えている間は出産をしたすべての女性に賛辞を送るとももに、有史以前から繰り返されていることだろうになんで現代でもこんな辛いままなんだよ!と思ってました。
計画分娩で人工的にコントロールされているにもかかわらず、出産てすごく原始的だと実感しました。

陣痛の間叫び続けるとか痛みのあまり周囲に暴言を吐く、など聞いていたので自分そんなんなったら嫌だなと思っていたけれどそんなことにはならず。
ただただ深い呼吸を繰り返し痛みを散らすことに精一杯で叫ぶチカラも出ない。
そういえばヨガを何年かやっていたので呼吸法が参考になりました。
助産師さんからはすごく静かなお産だったとお褒めの言葉を頂きました。

喉元過ぎればなんとやら。